2012/08/21

【活動報告】改良カマド その4

こんにちは。

先輩のK隊員が道を開拓し、同期のN隊員が実際の普及を推し進めてくれた。そこまでを前回の分で書いた。

3人目の協力者は、JICAの専門家の方だ。

一度調査で僕の任地を訪れた際、改良カマドを紹介する機会があった。
その時はまだセメント式のカマドで、警備員オルランドの村で教えていた。バイクの運転が下手で、砂道に入ると足を地面に付けノロノロ走っていた記憶がある。


これは専門家の方が調査の際訪れた、内陸部の一風景になる。

モザンビークの森林問題は、目に見えづらいが深刻のようだ。国土の半分が森林のモザンビーク、その森林は年間0.58%ほど減少している。
ヘクタールにして21万9千ヘクタール。東京都の面積に匹敵する広さの森林が、年間で無くなっているのが現状だ。

主な理由としては、
・過剰な木材輸出
・農地作成時の伐採(焼き畑)


などが挙げられる。
中でも木材の不法輸出はたちが悪く、海外の企業(中国が多いらしい)が関与した密輸はニュースで何度も報じられていた。
また、僕の配属先の同僚(森林課)は仕事として不法輸送の取締があり、夜中のパトロールも行なっていた。中には銃器を持った不法者もいるらしく、命懸けの職務といえる。

パトロール中の同僚ギルンド(森林課)。彼とは今でもFacebookを通して連絡をとっている。

JICA専門家の方は、そういった現状を改善する目的でモザンビークに来た。
詳細は省くが、アグロフォレストリーとカーボンオフセットを組み合わせたプロジェクトを実施予定で、これはWFP・JICA・モザンビーク農業省・日本の民間企業が関与する大規模プロジェクトとなっている。

僕の任地での調査の際、改良カマド紹介の時間を設けてもらった。

この時は警備員オルランドに全部説明してもらい、僕は写真だけ撮っていた。
彼のプレゼン能力は僕を凌駕しており、好感触で紹介することができた。オルランドには本当にお世話になった。

それから一年ほど経ち、改良カマドも陶器タイプになった頃。
先ほど述べた森林保全プロジェクトに、改良カマドを取り入れたいという連絡が入った。

僕らの目指した普及は、
中間層→現地職人による製造、それを低価格(200円程度)で販売し、普及
貧困層→NGOなどと協力し、作成指導又は無償提供


だった。
このプロジェクトに参加することで、貧困層へのアプローチが実現できる。

早速、カマドを製造してる職人さんへ話を持っていき、講師としての参加を打診した。こういう場を提供することで、現地職人がカマド製造に対し自信と誇りを持てるようになる。そういった意味でも、このプロジェクト参加は非常にいい機会だと思う。

プロジェクト自体は、今年の年末ぐらいから本格的に始動するらしい。
僕の任期は終わってしまったが、このプロジェクトやカマド活動を引き継いでくれた隊員のお陰で、今後も広がる可能性のある活動となった。

■感想
最後まで僕は、任地産の改良カマド普及を望んで動いていた。任地でカマドを必要としていた人たちに届けたかった、任地に少しでも貢献したかった。が、力が及ばず任期が終了してしまった。

僕の最大の反省点は、現地の人の生活を考慮せず、カマド製造を押し付けようとしたことだ。

任地の粘土のある村での失敗経験がある。
村でカマド製造を持ちかけた時のことだ。最初の会議では10人以上が興味を持っていたのにも関わらず、後日実際に研修に参加したのは2人という時があった。

これだけ豊富な粘土があるんだから、それを活かしてカマドなりレンガなり作ってけばいいのに。と思っていた僕は、その参加者の数に失望した。僕の同僚も「あの村の人たちは怠け者だから」と言っていたので、そういうものかと思った。

が、その参加してくれた2人の若者から話を聞いてく中で、自分の傲慢さに気付いた。

みんながなぜ参加しないのか、それは

・給料も出ないのに、暑い中働きたくない
・改良カマドの販売というイメージの沸かないものより、農作物を育てて売ったほうが確実


という考えがあったからだ。

考えてみたら尤もな意見だ。暑い中働く以上、賃金は受け取る権利がある。売れるかもわからない物を作るより、確実に売れるものを作るほうがいい。なぜなら彼らにとって僅かな収入が生死に直結するほど大事なことだから。試作してから徐々に販売へ、なんて不必要なリスクは取りたくないだろう。

この件でそのことに気づき、
ゼロからの仕事は手厚いサポートが求められることを学んだ。
金銭面を考慮すると協力隊に向かないアプローチなので、協力隊の立場であれば既存の物を発展させるような試み(今売ってる蜂蜜の加工改善など)の方が向いてると思う。

今後この改良カマド普及がどうなっていくか、しっかり後を追っていきたい。
機会があればこのブログで、報告出来ればいいと思っています。

これで改良カマドの報告は終わりです。

ありがとうございました。

2012/08/08

点をつなぐこと

こんにちは。

報告からは離れてしまいますが、
大学時代にお世話になった方がブログで書いていたことに思うことがあり、今回はそのことを書きたいと思います。

ConnectしないDotも大切な人生の一部。あわてず自分の人生を選ぼうねっていう話。

スティーブ・ジョブズが以前、スピーチの中で『点から線へ』というような話をしました。簡単に言うと、過去の行動(点)が未来のどこかで何か(点)と繋がって線となるんですよ、という話。

人によって作ってきた点も、繋がって線となった数も異なると思うけど、
繋がりのない点に対し「あれは時間の無駄だったな」と考える必要はない。それもひっくるめて今の自分があるのだから、それも必要なこと。そうやって前向きに受け取れる自分であることが大切。

その方のブログから上記のことを学べました。

個人的には、点と点は意識的じゃない所から繋がったほうが面白いです。
僕の場合、帰国後全く予期してなかった所からお仕事の話を頂き、ワクワクすることができました。そこにあった点は『モザンビークに戻って来よう』という僕の点と『モザンビークで事業を行いたい』という企業の点で、それを両者に接点のある方が繋げてくれ、線となることが出来ました。

順調に行けば10月にモザンビークへ戻り、
今度はボランティアとは違った角度で現地の人と関われそうです。
このように点と点が繋がる瞬間、ご縁を感じ幸せになれるのが人生の面白い所だなと思います。

今回は以上です。

2012/08/06

【活動報告】改良カマド その3

僕の活動(というより人生)で物事が進むときは、例外なく誰かの助けがキッカケとなる。

改良カマドでは、3名の日本人に大きく助けられた。

・1人目、先輩隊員のKさん

Kさんの任地で行われた展示会に参加したことから交流が始まった。

「僕の任地になら粘土が取れる場所がある。一緒にやってみない?」という提案により、Kさんの任地でカマドを作成することとなった。



人から聞いた情報を基に、レンガ職人のいる村を訪ねたり


大量生産のため、型枠を使ったカマドを試作してみたりした。

残念ながら粘土の質により、Kさんの任地では陶器タイプのカマドは上手く作れなかった。だが、このKさんとの試行錯誤が、改良カマドの普及の形を固めることとなった。後は普及地となる場所と、人材。そこまで道が見えたのは間違いなくKさんの力が大きかった。

・2人目、同期のN君

同期隊員のN君の助けは、今思い返しても嬉しく感じる。
彼は僕の任地から300Kmほど離れた所で、野菜栽培指導を村落地帯で行なっていた。

彼の任地には、レンガ・陶器を作って売っている地域が存在する。
聞くところによると以前どこかのNGOが支援し、村おこしとして粘土を利用した商売を始めさせたとのこと。
現在では現地の人だけで運営が行われており、村おこしプロジェクトとして見本となる例といえるだろう。

しっかりとした釜もあり、作成までの一連の過程もしっかり役割分担がされており、効率良くレンガを製造している。

ここでカマド作れたら面白そうだな、と赴任したての頃にN君の任地を訪問した際考えた覚えがある。
距離が遠いのと、N君が野菜の指導で忙しいということもあり、当時はここでの活動は考えていなかった。

その訪問から1年以上経った。

ちょうど僕が任地で粘土が取れる村を何度か訪問し、
現地人に賃金を要求(カマド試作の)されてた頃か、村へ行く途中で携帯を盗まれそうだった頃かと思う。
N君が連絡をくれた。

「近隣の隊員を集めて勉強会を行うから、その時改良カマドも教えて欲しい。」

状況を打開するいい機会だと思い、喜んで参加した。
型枠を持って行き、N君の任地の粘土地帯で現地人・日本人に対する講習会を開いた。
レンガを製造している職人たちは、強い関心を示してくれた。
その団体の代表の人は、製造・販売を行ないたいと言ってくれ、急遽N君の任地でカマドを普及していくこととなった。

それからは、週に一回N君が進捗状況を報告してくれた。
乾燥するのに時間がかかったり、釜で焼いた後にヒビが入ってしまったりと
様々な問題が発生したが、そこの職人さんの努力もあり、改善を繰り返しながら進むことができた。



ここで作成した改良カマドは、現在別の州にある民衆食堂で使っていただいている。
もっとたくさん欲しかったり、大きなタイプのカマドも作って欲しいと要望があるとのこと。

現地職人と力を合わせた改良カマドの普及。これはN君の協力により生まれた道だと言える。

そして3人目の方の助けにより、
僕達の改良カマドは現在も進展を見せている。

次回はその話を書いていこうと思う。

今回は以上です。

【活動報告】改良カマド その3

僕の活動(というより人生)で物事が進むときは、例外なく誰かの助けがキッカケとなる。

改良カマドでは、3名の日本人に大きく助けられた。

・1人目、先輩隊員のKさん

Kさんの任地で行われた展示会に参加したことから交流が始まった。

「僕の任地になら粘土が取れる場所がある。一緒にやってみない?」という提案により、Kさんの任地でカマドを作成することとなった。



人から聞いた情報を基に、レンガ職人のいる村を訪ねたり


大量生産のため、型枠を使ったカマドを試作してみたりした。

残念ながら粘土の質により、Kさんの任地では陶器タイプのカマドは上手く作れなかった。だが、このKさんとの試行錯誤が、改良カマドの普及の形を固めることとなった。後は普及地となる場所と、人材。そこまで道が見えたのは間違いなくKさんの力が大きかった。

・2人目、同期のN君

同期隊員のN君の助けは、今思い返しても嬉しく感じる。
彼は僕の任地から300Kmほど離れた所で、野菜栽培指導を村落地帯で行なっていた。

彼の任地には、レンガ・陶器を作って売っている地域が存在する。
聞くところによると以前どこかのNGOが支援し、村おこしとして粘土を利用した商売を始めさせたとのこと。
現在では現地の人だけで運営が行われており、村おこしプロジェクトとして見本となる例といえるだろう。

しっかりとした釜もあり、作成までの一連の過程もしっかり役割分担がされており、効率良くレンガを製造している。

ここでカマド作れたら面白そうだな、と赴任したての頃にN君の任地を訪問した際考えた覚えがある。
距離が遠いのと、N君が野菜の指導で忙しいということもあり、当時はここでの活動は考えていなかった。

その訪問から1年以上経った。

ちょうど僕が任地で粘土が取れる村を何度か訪問し、
現地人に賃金を要求(カマド試作の)されてた頃か、村へ行く途中で携帯を盗まれそうだった頃かと思う。
N君が連絡をくれた。

「近隣の隊員を集めて勉強会を行うから、その時改良カマドも教えて欲しい。」

状況を打開するいい機会だと思い、喜んで参加した。
型枠を持って行き、N君の任地の粘土地帯で現地人・日本人に対する講習会を開いた。
レンガを製造している職人たちは、強い関心を示してくれた。
その団体の代表の人は、製造・販売を行ないたいと言ってくれ、急遽N君の任地でカマドを普及していくこととなった。

それからは、週に一回N君が進捗状況を報告してくれた。
乾燥するのに時間がかかったり、釜で焼いた後にヒビが入ってしまったりと
様々な問題が発生したが、そこの職人さんの努力もあり、改善を繰り返しながら進むことができた。



ここで作成した改良カマドは、現在別の州にある民衆食堂で使っていただいている。
もっとたくさん欲しかったり、大きなタイプのカマドも作って欲しいと要望があるとのこと。

現地職人と力を合わせた改良カマドの普及。これはN君の協力により生まれた道だと言える。

そして3人目の方の助けにより、
僕達の改良カマドは現在も進展を見せている。

次回はその話を書いていこうと思う。

今回は以上です。