2015/04/30

留置場入り、回避

現地スタッフのアブドゥル、車両運転中に白バイ警官の機嫌を損ね、危うく留置場入りでした。

アブドゥルは、僕を含む日本人に対しては紳士だが、現地人に対しては態度が雑になる傾向がある。

「ここモザンビークで、攻撃的に接して得することなんてないから、気をつけた方がいいよ。」
4月上旬に、彼へそう伝えたことがある。
珍しく真面目に言ったつもりだったが、響いていなかったのだろう。問題は起きた。

断っておくが、彼に交通違反といった明確な否があったわけではない。
白バイ警官からの質問に対する対応・態度が、なんとなく警官の気に障った。そこから話がもつれ、もーつれぇ(もうツラい)状況になってしまった。

白バイ警官が応援を呼び、(僕の)車を警察へ運ぶ宣言をした。アブドゥルは運転席から降り、鍵を渡すよう命じられた。アブドゥルは納得がいかない様子で、それを拒み、険悪な雰囲気に。

ここで必要なのは、ガンジーの「非暴力不服従」精神、ではない。
「非暴力服従」が正解だ。

【僕】あーうちのスタッフがご無礼を働き申し訳ございません!行きましょう警察へ行きましょう。ほらアブドゥル、早く鍵を渡して。さぁ行きましょう。

警察へ行った後も同様の態度で応じ、相手の言い分にひたすら同意した。
そして次第に警官の怒りも冷め、アブドゥル留置場入り・車両没収という最悪の事態は回避。罰金3,000mt(約1万円)で事態は収束した。

問題解決後、彼に以前伝えたこと(攻撃的態度は得しないということ)をもう一度説明した。
ようやく彼は、腑に落ちた様子になった。

「それでは、次からはあの白バイ警官に会わないよう、避けて運転します」
あぁ、僕の言語能力では、彼を教育することはできないのだろうか。そんな嘆きとともに、罰金の立替で預金を削られた日でした。

今回は以上です。

2015/04/25

居住ビザ取得

こんにちは。

先日、現地にて居住ビザ(DIRE)の申請が認可されました。
これでひとまず、滞在に関する問題は無くなりました。

最近、現地スタッフが病気ということもあり、車でなく歩いて移動することが多くなりました。

歩いてみると、今まで話してこなかった人たち(路上の物売りなど)と仲良くなる機会が増え、面白いです。

立ち止まって、雑談して、現地語を教えてもらう。
次に会った時には、現地語で笑顔で話し合う。

あぁこれは、協力隊時代にやっていたことだな、そう思いました。
都市部である今の場所で住むようになり、いつの間にか路上の人たちと話す機会が減っていました。

昔と比べ、特定の人と仲を深めることは出来ていると思いますが、交友関係の幅は協力隊時代の方が広かったように思えます。

路上の人たちと交流する、こんな愉快なことを今まで忘れていたとは。
今年で5年目のモザンビーク、初心を振り返る時期かもしれません。

今回は以上です。

□読書記録

ポルトガル語の語彙本9000語/T&P BOOKS

いやぁ、やっぱり勉強系はKindle向いてないです。かなりの量の単語をカバーしている本ですが、全く頭に入りません。

2015/04/08

あなたならどうするか

こんにちは。
今日僕の身に起きた2つの出来事、他の人がどう対応するのか気になったので、書いてみます。

1. 知らない人からの(相手はこちらを知っている)お金の無心
2. 昼休憩後、従業員がお酒臭い

まず1について。

スーパーで買い物をしていた時のことだ。
たまには生姜でも買ってみようか、と思い生姜を眺めていると、一人のモザンビーク女性が話しかけてきた。

モ女「お久しぶりね。」
僕「どこかでお会いしてますか?」
モ女「ほら、移民局で。私あそこで働いてたのよ。」
僕「あ~そうですか。(全く思い出せない)」

というやりとりがあり、生姜って健康にいいの?などといった当たり障りない質問が来た後、彼女は用件を切り出してきた。

モ女「実は子どもが喘息持ちで、それ用の薬を買わなきゃいけないの。でもお金が少し足りなくて・・助けてくれない?」
僕「え?助けるって言われても・・僕はお金を人に貸さない主義なんですよ、ごめんなさい!」
モ女「いえ、借金じゃなくて・・。」
僕「・・それは、くださいってことですか?」
モ女「はい。」

これがケース1。
皆さんだったらどう対応するだろうか。

僕の場合は、相手に納得してもらうまで言葉を尽くし、断った。
そして買い物を終えた後に気付いた。

「ああ、この手口、前も経験したな。」と。

以前は男性で、路上だったが、話の持っていきかたがソックリだった。

続いて、2のケース。

詳しい説明は不要だと思う。
お昼休憩後、従業員がお酒臭かったら、皆さんはどう対応するだろうか。

僕は会って即座にお酒臭いと感じ、「お酒飲んだ?」と聞いた。

従業員は、「はい、そこのレストランでスープと一緒に。」と即答。
よくわかったな、という感じで答えてきたので、注意するという思考が抜け落ち、僕の嗅覚は鋭いのか?という思いが頭を占領した。

その後すぐ用事を言いつけたため、彼とは小一時間ほど会わなかった。
用事を終え戻って来て、報告を受けていた時、「やはりお酒臭い」と感じた。

その後報告の言葉は耳に入らず、ひたすら「どう叱るか」を考えた。
結局、僕の場合は、相手に納得してもらうまで言葉を尽くし、注意した。

ケース1と2、内容は大きく異なるが、僕がとる対応はワンパターンだった。
これで良かったと思っているが、他の選択肢があれば参考にしてみたい。

今回は以上です。

□読んだ本

決算書がスラスラわかる 財務3表一体理解法 (朝日新書 44)/朝日新聞出版

財務の勉強をしよう、と本を探していたら、一年以上前にこの本を買っていたことに気付いた。
集中して読んでみたら、なんとか理解できた。モザンビークでも生きる知識。

2015/04/04

久しぶりに戻って来たナンプラは、道が穴ぼこだらけだった。

現地人曰く、1週間以上雨が降り続いたため、雨がコンクリを破壊したとのこと。

市内のコンクリ道路でさえ穴ぼこだらけなので、土の道路の状態はひどいだろう。
来週農地へ行く時に、確認してみる。

穴ぼこの写真は無いが、穴ぼこに対する風刺画を入手したので、紹介する。



現地では名の知れた人が描いた風刺画のようだ。

タイトルは、「穴ぼこ対策の新型車(2018年まで)」。
穴ぼこがあり過ぎるので、これから車の故障が増えてくるだろう。

今回は以上です。

2015/04/02

モザンビークに戻る

一昨日、モザンビークに戻った。

4ヶ月ぶりのモザンビーク。到着早々、空港スタッフや税関からの賄賂攻撃を受けた。
税関に至っては、スーツケースの中身を確認するために呼び止められたはずなのに

「俺は中身を開けたくない」
という、訳のわからないことを言われ、困った。

長旅で疲れていたので、40mt(約120円)ほど渡せばいいだろうと思い、渡してみたところ

「は?たったこれだけかよ。もういいから行け」
と言われ、結局スーツケースも開けず、賄賂も渡さず通過した。
あぁ、モザンビークに戻って来たんだな、そう感じた。

モザンビークに戻ると、問題が山積みの状態になっていた。

中には現地スタッフのアブドゥルが、
「もうすぐあなたが戻ってくると思い、手を付けていない(報告もしていない)問題があります」
と言ってきて、なるほど確かにこんな問題聞いてないぞ、というものがいくつかあった。

ということで、モザンビーク生活が再スタートしました。

今回は以上です。

□最近読んだ本

暁の群像〈上〉―豪商岩崎弥太郎の生涯 (文春文庫)/文藝春秋

三菱財閥創設者、岩崎弥太郎の話。
幕末~明治時代の動きが、今まで読んできた本と違う角度で描写されていた。
暁の群像〈下〉―豪商岩崎弥太郎の生涯 (文春文庫)/文藝春秋

歩き続ければ、大丈夫。---アフリカで25万人の生活を変えた日本人起業家からの手紙/ダイヤモンド社

前も紹介したが、読み返したので再度紹介。

ケニアでマカデミアナッツの会社を立ち上げた、佐藤芳之さんの本。
こういう日本人もいるんだな、と衝撃を受ける。ゆっくりでも前進し続ければいい、そういうスタンスが参考になる。

以下、メモしたこと。

・燃える情熱より、消えない情熱

・ほかの人は別にして、自分では「100%できる」と確信できる夢を追う。「100%」といっても、みんなが納得するような根拠などなくていい。自分の心に正直に問いかけて、「できる」と感じられるかどうか

・ゼロ点をとっても、勝算なんてなくても、自分の存在そのものに対して「大丈夫」と思える自信。自分自身に対する揺るぎない肯定感。それが根拠のない自信

・自分に足りない力に囚われない。今自分が持っている力を信じてみる

・何か新しいことにチャレンジしたら、9割くらいは失敗する

・「苦労」と「試練」は、似て非なるもの

・やりたいことは人に話しまくる。そうすれば、もう行動するしかない