2016/10/13

勇気ある撤退(2)

こんにちは。

前回の記事、僕の書き方が悪かったためか、
「え?モザンビーク撤退するの?」
とのコメントが友人からありました。

変なタイトルをつけたせいで、誤解を招いたようです。
ようし、今回は、タイトルに即した内容にするぞ。


前回の記事では、
モザンビークでの家族生活を中止し、妻子は日本へ戻る
という出来事の理由を書きました。

今回は、
この決断は、家族のあり方を発展させるための、前向きな決断
なんですよ〜ということを、書きます。

事実だけ取り上げて書くと、ネガティブな意味合いに映りますね。
でも、自信を持って言えます。今回の判断はグッド(ポルトガル語だと、ボン、ですね)でした。

まず、この判断が、
「モザンビークに家族3人で暮らした」経験の上でされたこと
がよかった。

経験してみてわかったこと、たくさんあります。
例えば下記のようなことが。

アジア人の子どもに対しても、現地人の対応が温かい
   → よく、お店の人から飴とかもらってました

妻と子どもだけで歩くと、警察は一切絡んでこない
   → 僕が一緒の時は、絡まれます

息子はモザンビークでも、元気に育つ
   → 滞在後半から、公園でも物怖じせず、自分から現地の子と遊ぶようになりました


前回マイナスのことばかり書いてしまいましたが、
プラスの要素もたくさんありました、今回のモザンビーク生活は。

いい・悪い両方を経験し、それについて夫婦間で意見を交わす中、
これから家族をどういう形にもっていくか、ということを考えました。

僕が学生時代お世話になった団体の代表の方も、カンボジア駐在なので、家族と離れて暮らしていました。
今、新しい家族生活のあり方にチャレンジ中のようです。

青木家第四章のチャレンジ - 七夕婚から週末婚へ

今はタイのバンコクに家族がいて、週末にカンボジアから通う生活とのこと。
真剣に家族と事業の両立を考え、行動に移している姿、見習っていきます。


そう、つまり

家族の形はそれぞれなんだから、自分たちに合った形を模索しよう
ってことです。

僕らのケースだと、通常
・夫(僕)も日本へ戻り、家族3人、日本で暮らす
・妻が夫を見限り、三行半(表現が古いか)

のコースをとるかもしれません。
でもそれは、「よく聞く」コースなだけで、自分たちにとって正解かは不明です。

夫が将来的に日本にも拠点を置き、モザンビークと日本を半々で過ごす。妻と子どもは普段日本で暮らし、休みなどを利用してモザンビークへ遊びに来る

どうでしょう、このコースは。
現状から考えると、あまり、というか全然現実味のない道です。

僕らはそこを目指してみます。
しばらく離れて暮らしますが、上記の状態を作り上げることを目標に、動き始めました。

なので、今回の
「妻子はモザンビークを去り、日本でしばらく暮らす」
というのは、家族のあり方を模索するための、ポジティブな決断です。

そう、撤退は撤退でも、次を見据えた動きなので、
今回タイトルを「勇気ある撤退」という表現にしました。
もっと上手くまとめてタイトル説明に持って行きたかったのですが、この程度が僕の文才です。

まだまだこれからの僕たちですが、前を見ることだけは忘れず、進んでいきます。

今回は以上です。


息子の2歳の誕生日に行った、モザンビーク島。また一緒に来れる日を、父は待つ






2016/10/12

勇気ある撤退(1)

こんにちは。

久しぶりの投稿です。

実は今、日本に帰ってきています。

「あ、モザンビークから撤退したんだな。」
と思われる可能性もありますが、まだです、まだなんです。

今回は、妻と子どもを現地から日本へ送るため、同行してきました。
結論からいうと、家族3人のモザンビーク生活は、一旦中止します

5月下旬から9月下旬まで、約4ヶ月間、モザンビークのナンプラ州で家族3人、生活してきた。

当初の家は、南アフリカの呪術師が住んでいた家。
もう写真を載せてもいいと判断したので、載せます。


引っ越す前の状態

【リビング】スペースは意外とあるから、リフォームすればなんとかなると思っていた

この家の名物、鉄の扉。中から錠をかければ、寝室まで泥棒が到達するのは難しい。

リフォームしたら、ある程度住める環境にはなった(少なくとも僕にとっては)。


この家の一番ネックな部分は、

リビングが鉄格子で囲われているだけなので、ネズミの侵入が防げない
ことだった。

それでも、リビングだけの登場であれば、まだ良かった。
が、彼らは寝室にもやってきた。

ある夜、僕が隣人のインド人の家で、親交を深めようと酒宴を開いた時、
妻から電話が来た。

「ネズミが寝室に来て、蚊帳の中に入ってきた。」

・・・その夜から、妻と子どもは知人の家へ避難した。

一人残った僕は、
さて、どこに引っ越せばいいんだ?と考え始めた。
その夜、インド人と割り勘で買って飲もうとしたウイスキーの味を、僕はまだ知らない。


次に引っ越した所は、市内にある普通のアパートだった。

この家はよかった。
夜は警備員が常駐しているし(いつも寝てるが)、近くの建物が警察関係の建物なので、治安の比較的いいエリアだ。


2LDKのアパート。家賃は約3万円

が、ここでも問題が発生した。


ダニ、だ。

わかる人にはわかってもらえると思う。
ダニは恐ろしい存在ですよ。

僕もボランティア時代、ダニ刺されでかなり苦しんだ経験がある。
首絞め強盗、車両泥棒などを圧倒的な勢いで差し置いて、
モザンビーク苦しかったことランクTOP3』に食い込んでいる。

モザンビークでは、ファブリーズのような素敵な物がないため、ダニ予防が難しい。
(バイゴンという、これで自殺する人がいるくらい強力な殺虫剤があるが、子どもがいたので使わなかった)

マットレスを、日干ししたり、アイロンかけたり、ビニールシートでグルグル巻きにしたりしたが、なかなか効果は出なかった。

ダニの一番の被害者は、妻だった。
かゆみの過ぎた今となってはいい思い出、と言っていたが、当時は毎日ダニに怯えて暮らしていた。

そうした問題に加え、医療問題や治安の悪化している現状に危機感を抱き
「妻と子どもは、一度日本に帰ったほうがいい」という結論になった。

医療問題、これは子どもが一度高熱になった時、真剣に考え始めた。

ここは私立病院でも頼りにならない。
つい最近も、日本人の方が誤診を受けていた。
州で一番まともと言われている私立病院で。

僕はそこに行くぐらいだったら、モリンガを大量に食べたほうがまだ治癒の可能性がある、と考えている。

子どもが熱を出した夜、
「ただの発熱じゃなかったら、どこへ連れていけばいいんだろう」
そう考えても、はっきりした答えが見つからず、少し思考停止した。

幸い、翌日熱が下がったのでよかった。が、それはただの運。
次の体調不良が、現地病院の対応できない病気である可能性は、十分考えられる。

治安の悪化している現状

とんでもなく悪い、というほどではない。
が、確実に治安は悪くなっている。
それについては、以前ブログで取り上げた。


日中は僕が仕事をしているので、妻と子ども2人で出かけることが多々あった。
数年前だったらそこまで気にしなかったと思うが、昨今の状況を考えると、日中も油断できない。

ひったくりとかに遭って、嫌な気分になってほしくない。

本心は、極力、家に居て欲しかった。でも、
「子どもを外に連れて行って、遊ばせてあげたい」
という妻の考えは、文句なしの真っ当な考えだったので、反対できなかった。

結果的に、息子は外でたくさんの現地人(大人、子ども問わず)に可愛がられ、
彼にとっても妻にとってもいい経験となった。

だけど、いつ犯罪に巻き込まれるかは、わからない。
僕が誰かに恨まれたら、妻と子どもに危害が加わるかもしれない。

妻子がいる時の僕は、いつも以上に対人関係に気を配っていた(と思う)。
家の前で物乞いされた時の断り方は、現地の日本人ボランティアに模範例として紹介したいぐらいだ。


以上のような理由から、妻と子どもの日本帰国、という運びとなった。

さて、このまま「今回は以上です。」と締めくくったら、
全くタイトルに沿っていない内容だ。
ということで、『勇気ある撤退』に関する説明は、次の記事でします。

それでは、また。